■予報が外れてソコソコの晴天に。夕方まで充分に陽光を浴びてもらってからトマトをもぎとる。やや小振り。しかし理想的な熟し度・朱赤色。
■ひとくち食らう。撮影することを(当然)意識したがため、どこかギコチナイ食い跡になった気配。照れ性はこういう時にも露見する。鼻腔に抜ける碧臭さが『トマト』であることを主張した!
■ガツガツやった。去年、初めて育てたトマトを食した時にも感じたことだが、中身がきちんと“トマト”していることが信・じ・ら・れ・な・い気分になる。“この無骨不器用なるワタクシめが育てたモノが……”なる不可思議な感覚。てな、理屈っぽさは一挙に霧散して明日また、熟したヤツを一気に喰らうだろう我がいる
※NAMIどのへ
写真のバックはモロコシの葉。緑一色。「赤」と「緑」は色相的に対色関係。ゆえに「赤」がより一層、赤っぽく見えるという理屈。産児室にいるよりは老人クラブにいるほうが、“赤ちゃん”が目立つのと同んなじ(かも)