210.シソ畑(に見る競合バランス)
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畑の一画には「シソ」の新芽がそれこそ無数のごとく芽を出している。昨年、シソ畑だったところだ。勝手に種が落ちて、またまた勝手に芽を出したわけである。“雑草”と同居しているが、一目でシソかどうかが分かるようになった。山菜やキノコもそうなのだが、馴れてくると、なぜか一目で判別がつくようになる。
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全部が全部、生育したらそれはそれでエライことになるが、うまくしたもので、込み入ったところは全般的に生育が芳しくない。それゆえ「間引き」なる作業は必須。ただし、ある程度生育させてからでないと育ちはイマイチに。すなわちまだまだ幼い時分は「競合」させたほうが(断然)伸びるということだ。シソだけではなく他の野菜にも言えること。むろん人間も然りだろうよ。ゆえに「ゆとり教育」なんざあ──でアル。全員揃ってゴールを切る徒競走とやら。笑ったなあ〜。考案したヤツ、絶対、小学生の頃、ビリっかすだったんだろうよ。バカだねえ〜。そんなバカ達のキョウイクとやらをお受けになられたガキどもが社会の中枢とやらに、お出ましになる前に我が地球、フォトンベルトに完全に覆われて“人類絶滅”──。あと12年後。神サマは正しい〜。
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上左の苗は「アシタバ」、右の苗は「キュウリ」。植え付け前の“ならし段階”。このくらい育てばヘタな競合はむしろ弊害化する。地中の栄養分には限りがあるからだ。適正規模における適正利潤の原理。それを無視して無理やり人工肥料を施すと病害虫に侵されやすくなるそうだ。なにやらこれも寓意的。「市場経済原理」というと聞こえはいいが──と感じる我がいる
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by KOKUZOBOSATSU | 2005-05-10 13:26 | ●サルでもできる農業ごっこ