202.母親三態
1972年2月に起きた『浅間山荘事件』で連合赤軍メンバーによるライフル狙撃によって殉職した 警視庁第二機動隊内田尚孝隊長の通夜の席でのこと。警察サイドの現場指揮官を務め内田隊長の上司にして親しく付き合っていた佐々淳行氏が御遺族にお悔やみを述べたところ、内田隊長の老母殿は全く取り乱すことなく「職に殉じた息子を誇りに思います」なる旨、述べられたそうだ。手塩に掛けて育てた一人息子の非業なる死。にもかかわらず毅然たる態度を取り続ける老母殿。慟哭に打ち震えるよりもかえって、その真の情が痛いほどに分かり、とても耐えられなかったと佐々氏は語っている。
先日のJR西日本の大事故。弔問に訪れたJR西日本社長に罵声を浴びせるとある御遺族。「最新のATSをなんで備えなかったんですか!」などと金切り声を上げて責め句を並べる母親らしき女性。“ATS”なる用語をクチにすることに大いなる違和感が。このシーン、テレビ局各局が流していたが、すなわちその場にテレビ局各局を招き入れたということだ。さらなる違和感が拭えない。『怯懦』が臭う。息子の死に際しその心根。不可解というより「不快」といったら言い過ぎか。
内田隊長を狙撃したのは板東国男氏(敢えて“氏”をつける)と言われている。彼の父親は京都で大きな旅館を経営していたが、ひとり息子が逮捕されたその日の夜、自ら命を絶った。板東氏は1977年9月に起きた「ダッカ事件」に際し、いわゆる超法規処置で他の5人とともに釈放され中東の地へ。手錠を掛けられ特別機に乗り込む直前に、彼の母親が息子のもとに駆け寄った。いくらばくかの「お金」を渡そうとしたのである。板東氏は久しぶりに再会した母親に向かい笑みを浮かべてこう言った。「日本のお金は外国では使えない。母さんこそお金が必要になるから持ってなよ──」。母親は息子の後ろ姿を涙を浮かべて見送ったそうである。
以上、『母親三態』。「逆さ仏」はむろん、母親に涙を流させるようなことだけは絶対にすまいと(一応は)思う我がいるついでに、母親がアノ世とやらに旅立ったらムチャクチャやりそうな我もいる──
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by KOKUZOBOSATSU | 2005-05-02 19:54 | ●もろもろ